whkr’s diary

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『ふつうの軽音部』第31話のヨンスの扱いはあまりに可哀想だと思った

『ふつうの軽音部』第31話が公開された。
[第31話]ふつうの軽音部 - クワハリ/出内テツオ | 少年ジャンプ+
ここでのヨンスの扱いが、あまりにひどいので可哀想になった。

彼は、主人公の友人である甲山幸山厘に以前振られており、その後も諦めきれない好意を彼女に利用され、知らないうちに軽音部内の攪乱要員として扱われている。
その彼の言動が、イケてない癖に浮ついた男子高校生としてあまりにもリアルだったため、高校生の未熟な恋愛感情に付け込むことの残酷さがあからさまになってしまっているように見えた。

彼が毎日、放課後に監視のため残っていた理由は、せめて金銭目的や悪事の証拠を握られていたなんかの、もっとくだらない理由であってほしかった。
あんなにリアルな片思いを見せられたら、私はもうあの監視をギャグとして笑うことができない。
放課後の教室に一人で座る少年の胸中に生まれた「片思いの相手から頼られてる」という誇らしさを、少しでも想像してみてくれないか。そうすれば、それを弄ぶことの洒落にならなさをいくらか理解してもらえるだろうか。
高校生の放課後というかけがえのない時間を浪費させることの罪深さは、大人になった我々こそ理解するべきなのではないか。

厘がヨンスを利用するために気を引かなければ、おそらく彼は時間とともに彼女を諦め、他に相性のいい人と出会って付き合っていた可能性もあったろう。そういう意味でも、気のない相手を引っ張ることは罪深い。
なお、彼が一度振られた後もくだらないLINEを送っているのは、彼なりにかなり考えて抑制したつもりの最小限のアプローチであろうと、私は実体験から理解している。厘は無言でミュートして済ませるべきだったし、そうできる余地を残した振る舞いだった。

いくら「惚れたら負け」とはいえ、実際はワンチャンもない好意を匂わせて相手をとことん利用する姿勢は、頂き女子(詐欺師)と何が違うのだろう。
振られた相手をしつこく追わないというのが振られた側に求められる矜持なのだとしたら、振った相手に付け込むのは傷口にたかる蛆虫のように卑しい行為だという認識も、振った側には持っていてほしいと思っている。
恋愛はルール無用とはいえ、この一線はお互いにできるだけ守らないと、不幸の総量が増える「悪い恋愛」が量産されてしまう。もし自分の友人がこのような構図のどちらかにいたら、誰だって諫めるだろう。

この倫理観の問題は今後、厘の立ち位置にも関わってくるかもしれない。
主人公の鳩野は、あれだけ周りにキモがられていたヨンスの悪口も言わないよう努めていた。厘はその隣に立つに値する人物だろうか。
もし今後、鳩野のバンドが文化祭に出場できたとしても、その裏側にこのような工作があったと鳩野が知れば、居心地の悪さを強く感じるのではないか。
この作品の根底にある信頼感は、彼女の控えめながらも確固たる善性によるものが大きいだろう。それを裏切らないようにしてほしい。

当該話のはてなブックマークでは、彼の振る舞いに共感性羞恥を覚える人は多かったが、その境遇に同情する人間は少なかった。
彼らは、彼のみっともなさだけを思い出して、それを表出するまでに彼が抱えていたはずの想いや葛藤の存在を忘れてしまったのだろうか。
また、もし二人の性別が逆で、老獪な男子が未熟な女子を騙す構図だったとしたら、みんなこんなにヘラヘラ笑って済ませていただろうか。
女子の未熟は社会的に保護されるべき弱さで、男子の未熟は利用されても仕方ない悪徳だという通念がそこに存在するとしても、せめて過去にヨンスだった自分くらいは、彼の想いを軽々しく踏みにじるなと怒りを表明したいと思った。
作中の甲山幸山厘と、作品の外から彼を嘲った人たちのことを、私はしばらく許せそうにない。

【2024/7/23 10:49 追記】
「ヨンスもワンチャン狙ってるから利用されても仕方ない」という意見があるけど、そのワンチャンを匂わせて錯覚を強化したのは他ならぬ厘じゃん。表向きの文面で断っておけば、内心で嫌いながら「頼めるのはあなたしかいない」と頼って勘違いさせるのは褒められた行為?

あと「LINEをミュートさせることを想定したアプローチは相手の手をわずらわせるので厚かましい」と言う人もいたけど、行き場のない好意の落とし所としてはあってもよくない? 「嫌いな相手のためにミュートボタンを押させるのさえ行動の制限であり許されざる加害だ」と主張する人は、自分からは指一本動かしたくないお姫様気取りかと思う。

私は、好きな相手にみっともなくアプローチするのも若者の恋愛の要素だと思っているのだけど、理想のアプローチしか許さず、そこから少しでも外れた者をキモいだの加害だの断罪する人って、自分はそんなに洗練された完璧な恋愛だけをしてきたのかな。葛藤を抱えながら恐る恐るアクションを起こして、それで失敗したこととかないのだろうか。
まあ、受け身で品定めをする側から一歩も動かなければ、恥ずかしい失敗や周りに迷惑をかける余地は確かにないのだろうけど。